2020年11月06日

わるいやつら

 タイトルのとおり悪いやつばかり登場する作品です(昭和36年)。
 まず、主人公の二世の病院長医師戸谷信一は色と欲のために殺人を重ねてしまう悪いやつですが、やがて法の裁きを受けます。

 次に、わき役ではありますが、弁護士下見沢が重要な役割を担います。
35歳、独身で、戸谷医師とは5年のつき合いですが、戸谷からは、弁護士の肩書はあるが弁護士の仕事をやっているのか何をやっているのか正体不明であり、見てくれは悪いし女に好かれようはずはないなどと軽蔑されています。なのに金持ちの女性を戸谷に紹介する才能があると描かれています。
戸谷の妻との離婚交渉をまとめるなど弁護士の仕事もしているのですが、後に戸谷を裏切って葬る操作をするとんでもない悪いやつです。
 主人公ではないこともあって、やったことがあいまいな部分はありますが、おそらく犯罪に当たると思いますし、そうでなくても少なくとも当時の弁護士倫理違反としても重い懲戒処分になると思われますが、結末には驚かされます。

 登場する女性陣も負けず劣らず悪いやつばかりです。看護婦長は悪い上に恐ろしいほどですし、戸谷医師が求婚し続ける女性は逆に戸谷を手玉に取って翻弄した悪いやつです。
 架空の小説とはいえ、ここまで悪いやつがそろうと痛快でさえあります。

 この作品は昭和35年1月から36年6月まで週刊誌に連載されたものですが、同時期には並行して「砂の器」や「日本の黒い霧」さらには「球形の荒野」なども連載して書かれています。いずれも傑作ですし、半藤一利さんの「清張さんと司馬さん」(文春文庫)によると、当時の「凄まじい執筆量、字義どおり超人的です。」とあります。









urushihara_law at 12:10|PermalinkComments(0)松本清張 

2020年10月15日

家事調停手続き

 家事調停の代表的なものに離婚調停、遺産分割調停がありますが、どなたでも名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか
 調停は、家庭裁判所で調停委員を介してなされる話合いによる紛争解決の手続きです。
 具体的には、指定された日時(調停期日といいます)に家庭裁判所に出向いて、調停室という部屋に、当事者(申立人と相手方という言い方をします)が交代で入って事情説明をしたり意見を述べたりします。調停室に入らない方は申立人待合室、相手方待合室で別々の待機となります。従って、直接相手方当事者と顔を合わせることはありません。

 調停委員は男女1名ずつの2名で、中立の立場から、当事者からそれぞれの事情や意見を聴取し、双方の主張、意見を調整して紛争解決の合意を目指します。
 調停期日は平日の昼間に指定、開催され、期日1回の時間は1時間半から2時間程度で、1か月から1か月半に1回のペースで進められます。

 家事調停手続きには、弁護士を代理人として依頼した場合でも依頼者ご本人にも原則として裁判所に来ていただくことになっています。皆さん最初は緊張されるようですが、弁護士も同席しますので間もなく緊張も解れることと思います。また、分からないことや疑問、気になったことなどは弁護士に聞いてください。このあたりも代理人を依頼するメリットだと思います。



urushihara_law at 15:20|PermalinkComments(0)弁護士業務 

2020年10月08日

疑惑

 保険金殺人の罪で逮捕、起訴された女性被告人について、早くから新聞、マスコミによって北陸の毒婦、犯人だと決めつけるキャンペーンがなされるのですが、国選弁護人の弁護活動により裁判が進むにつれて無罪の可能性が出てくるや署名記事を書いた地元新聞記者が、被告人からお礼参りされることを恐れ、弁護人に殺意を抱いて行動に出るという何とも理不尽なストーリーです(昭和57年)。
 舞台は北陸のT市とありますが、富山市であることがすぐにわかります。

 被告人には初め私選弁護人(原山弁護士)が就いていたのですが、原島弁護士は体調不良、病気のために辞任し、新たに国選弁護人(佐原弁護士)が選任されます。
 この作品は昭和57年の作品ですが、ここでも清張さんは、「国選弁護人は概して真剣に弁論する気がない、被告にそれほど同情を持たず、したがって、事件の内容も詳細に検討することなく、法廷で熱意のない弁論を義務的に展開するものと相場が決まっている。」という書き方をされていますが、佐原弁護士については、「民事専門であり、国選弁護の引き受け手がないために仕方なく選任されたはずであるのに、国選弁護人の概念をみごとにひっくり返した観があり、むしろ彼は刑事専門の弁護士よりも優れた感覚を持ち、真実追求に熱心であるのがわかった。」とあります。

 また、清張さんは、佐原弁護士の弁論要旨の中に記載する形で鋭いマスコミ批判をされています。「未だ捜査中であるにもかかわらず、マスコミ挙げて被告人の殺害行為であることを断定するかの如き報道が頻りとなされ、この報道により世論一般が引きずり込まれ、何らの証拠もなく、恰も被告人の殺害行為であるかの如き風潮を醸し出したことは周知の事実である。」と。
 当時はいわゆるロス疑惑事件が話題になった頃のようで、後に週刊誌報道となる「疑惑の銃弾」よりも前の作品ですが、清張さんは既にそのことを見通していたようです。マスコミ報道が先行する事例はその後も繰り返されているように思います。

 この作品の結末は、清張作品に時々ある読者の判断、想像にお任せするというパターンですが、佐原弁護士は難を逃れることができたのか、果たして、と気になるところです。

 なお、余談となりますが、全くの同じタイトルで江戸時代ものの何とも切ない短編作品(昭和31年)があります。



















urushihara_law at 17:02|PermalinkComments(0)松本清張