2020年10月15日

家事調停手続き

 家事調停の代表的なものに離婚調停、遺産分割調停がありますが、どなたでも名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか
 調停は、家庭裁判所で調停委員を介してなされる話合いによる紛争解決の手続きです。
 具体的には、指定された日時(調停期日といいます)に家庭裁判所に出向いて、調停室という部屋に、当事者(申立人と相手方という言い方をします)が交代で入って事情説明をしたり意見を述べたりします。調停室に入らない方は申立人待合室、相手方待合室で別々の待機となります。従って、直接相手方当事者と顔を合わせることはありません。

 調停委員は男女1名ずつの2名で、中立の立場から、当事者からそれぞれの事情や意見を聴取し、双方の主張、意見を調整して紛争解決の合意を目指します。
 調停期日は平日の昼間に指定、開催され、期日1回の時間は1時間半から2時間程度で、1か月から1か月半に1回のペースで進められます。

 家事調停手続きには、弁護士を代理人として依頼した場合でも依頼者ご本人にも原則として裁判所に来ていただくことになっています。皆さん最初は緊張されるようですが、弁護士も同席しますので間もなく緊張も解れることと思います。また、分からないことや疑問、気になったことなどは弁護士に聞いてください。このあたりも代理人を依頼するメリットだと思います。



urushihara_law at 15:20|PermalinkComments(0)弁護士業務 

2020年10月08日

疑惑

 保険金殺人の罪で逮捕、起訴された女性被告人について、早くから新聞、マスコミによって北陸の毒婦、犯人だと決めつけるキャンペーンがなされるのですが、国選弁護人の弁護活動により裁判が進むにつれて無罪の可能性が出てくるや署名記事を書いた地元新聞記者が、被告人からお礼参りされることを恐れ、弁護人に殺意を抱いて行動に出るという何とも理不尽なストーリーです(昭和57年)。
 舞台は北陸のT市とありますが、富山市であることがすぐにわかります。

 被告人には初め私選弁護人(原山弁護士)が就いていたのですが、原島弁護士は体調不良、病気のために辞任し、新たに国選弁護人(佐原弁護士)が選任されます。
 この作品は昭和57年の作品ですが、ここでも清張さんは、「国選弁護人は概して真剣に弁論する気がない、被告にそれほど同情を持たず、したがって、事件の内容も詳細に検討することなく、法廷で熱意のない弁論を義務的に展開するものと相場が決まっている。」という書き方をされていますが、佐原弁護士については、「民事専門であり、国選弁護の引き受け手がないために仕方なく選任されたはずであるのに、国選弁護人の概念をみごとにひっくり返した観があり、むしろ彼は刑事専門の弁護士よりも優れた感覚を持ち、真実追求に熱心であるのがわかった。」とあります。

 また、清張さんは、佐原弁護士の弁論要旨の中に記載する形で鋭いマスコミ批判をされています。「未だ捜査中であるにもかかわらず、マスコミ挙げて被告人の殺害行為であることを断定するかの如き報道が頻りとなされ、この報道により世論一般が引きずり込まれ、何らの証拠もなく、恰も被告人の殺害行為であるかの如き風潮を醸し出したことは周知の事実である。」と。
 当時はいわゆるロス疑惑事件が話題になった頃のようで、後に週刊誌報道となる「疑惑の銃弾」よりも前の作品ですが、清張さんは既にそのことを見通していたようです。マスコミ報道が先行する事例はその後も繰り返されているように思います。

 この作品の結末は、清張作品に時々ある読者の判断、想像にお任せするというパターンですが、佐原弁護士は難を逃れることができたのか、果たして、と気になるところです。

 なお、余談となりますが、全くの同じタイトルで江戸時代ものの何とも切ない短編作品(昭和31年)があります。



















urushihara_law at 17:02|PermalinkComments(0)松本清張 

2020年09月29日

奇妙な被告

 強盗殺人の罪で逮捕、起訴された被告人について、国選弁護人に選任された若い弁護士(原島弁護士)が、その熱心な弁護活動によって無罪判決を得るのですが、その約1年後に真犯人であったことがわかったという短編作品です(昭和45年)。
 実は真犯人であったということでは前の「種族同盟」と同じですが、こちらの被告人は判決後弁護士とかかわりなく終わっている点で異なっています。

 この作品でも、やはり国選弁護人について、「通りいっぺんで、義務的な弁論しかしてくれない、という非難になる。」といいのが出てきます。しかし、その後に続けて、「この悪評のために、国選弁護人も「名誉回復」のために以前よりよほどよくなったとの評判を最近聞くようになった。」とあります。種族同盟から3年後の作品ですが、当時、実際にそのような多少の状況変化があったのでしょうか

 その原島弁護士は、関係者十数名に事情を聞いて回り、法医学者の意見を聞きに行って証人として出廷してもらうなど実に熱心に弁護活動をしています。そして、被告人の自白の任意性、真実性を争って、結果、証拠不十分により無罪判決となったのです。
 しかし原島弁護士は、判決の約1年後にふとしたことから被告人が真犯人であったことに気がつきます。不条理な結果ではありますが、弁護活動としては適切であったということになります。

 作品中、イギリスの「無罪判決の事例研究」というのが出てくるのですが、清張さんは、うしろがきで、「こういう外国の裁判例を出すことも、小説のリアリティを与える要素になるかと思う。」と書いていて、司法省が大正時代に出した司法資料にも目を通していることがわかります。また、作品中にもう一つ、司法研修所の「事実認定」についての教材からの引用がなされているのですが、こういったものにまで関心をもって読んでおられることに驚かされます。


urushihara_law at 16:37|PermalinkComments(0)松本清張