2020年10月08日

疑惑

 保険金殺人の罪で逮捕、起訴された女性被告人について、早くから新聞、マスコミによって北陸の毒婦、犯人だと決めつけるキャンペーンがなされるのですが、国選弁護人の弁護活動により裁判が進むにつれて無罪の可能性が出てくるや署名記事を書いた地元新聞記者が、被告人からお礼参りされることを恐れ、弁護人に殺意を抱いて行動に出るという何とも理不尽なストーリーです(昭和57年)。
 舞台は北陸のT市とありますが、富山市であることがすぐにわかります。

 被告人には初め私選弁護人(原山弁護士)が就いていたのですが、原島弁護士は体調不良、病気のために辞任し、新たに国選弁護人(佐原弁護士)が選任されます。
 この作品は昭和57年の作品ですが、ここでも清張さんは、「国選弁護人は概して真剣に弁論する気がない、被告にそれほど同情を持たず、したがって、事件の内容も詳細に検討することなく、法廷で熱意のない弁論を義務的に展開するものと相場が決まっている。」という書き方をされていますが、佐原弁護士については、「民事専門であり、国選弁護の引き受け手がないために仕方なく選任されたはずであるのに、国選弁護人の概念をみごとにひっくり返した観があり、むしろ彼は刑事専門の弁護士よりも優れた感覚を持ち、真実追求に熱心であるのがわかった。」とあります。

 また、清張さんは、佐原弁護士の弁論要旨の中に記載する形で鋭いマスコミ批判をされています。「未だ捜査中であるにもかかわらず、マスコミ挙げて被告人の殺害行為であることを断定するかの如き報道が頻りとなされ、この報道により世論一般が引きずり込まれ、何らの証拠もなく、恰も被告人の殺害行為であるかの如き風潮を醸し出したことは周知の事実である。」と。
 当時はいわゆるロス疑惑事件が話題になった頃のようで、後に週刊誌報道となる「疑惑の銃弾」よりも前の作品ですが、清張さんは既にそのことを見通していたようです。マスコミ報道が先行する事例はその後も繰り返されているように思います。

 この作品の結末は、清張作品に時々ある読者の判断、想像にお任せするというパターンですが、佐原弁護士は難を逃れることができたのか、果たして、と気になるところです。

 なお、余談となりますが、全くの同じタイトルで江戸時代ものの何とも切ない短編作品(昭和31年)があります。



















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2020年09月29日

奇妙な被告

 強盗殺人の罪で逮捕、起訴された被告人について、国選弁護人に選任された若い弁護士(原島弁護士)が、その熱心な弁護活動によって無罪判決を得るのですが、その約1年後に真犯人であったことがわかったという短編作品です(昭和45年)。
 実は真犯人であったということでは前の「種族同盟」と同じですが、こちらの被告人は判決後弁護士とかかわりなく終わっている点で異なっています。

 この作品でも、やはり国選弁護人について、「通りいっぺんで、義務的な弁論しかしてくれない、という非難になる。」といいのが出てきます。しかし、その後に続けて、「この悪評のために、国選弁護人も「名誉回復」のために以前よりよほどよくなったとの評判を最近聞くようになった。」とあります。種族同盟から3年後の作品ですが、当時、実際にそのような多少の状況変化があったのでしょうか

 その原島弁護士は、関係者十数名に事情を聞いて回り、法医学者の意見を聞きに行って証人として出廷してもらうなど実に熱心に弁護活動をしています。そして、被告人の自白の任意性、真実性を争って、結果、証拠不十分により無罪判決となったのです。
 しかし原島弁護士は、判決の約1年後にふとしたことから被告人が真犯人であったことに気がつきます。不条理な結果ではありますが、弁護活動としては適切であったということになります。

 作品中、イギリスの「無罪判決の事例研究」というのが出てくるのですが、清張さんは、うしろがきで、「こういう外国の裁判例を出すことも、小説のリアリティを与える要素になるかと思う。」と書いていて、司法省が大正時代に出した司法資料にも目を通していることがわかります。また、作品中にもう一つ、司法研修所の「事実認定」についての教材からの引用がなされているのですが、こういったものにまで関心をもって読んでおられることに驚かされます。


urushihara_law at 16:37|PermalinkComments(0)松本清張 

2020年09月09日

種族同盟

 弁護士の私が、引き受けた強盗・強姦・殺人事件の国選弁護事件で被告人に無罪判決を得るのですが、後にその被告人から実は真犯人であったことを告げられ、脅かされるなどして破滅に追い込まれるという誠に気の毒な短編作品です(昭和42年)。
 
 しかしながら、被告人には無罪の推定原則があって、有罪の立証責任は検察官の側にある(刑事訴訟法336条)のですから、真犯人を有罪とできなかったのであれば、それは検察側の責任であり、弁護人の責任や問題ではないはずです。
 被告人が真実に反して事実を争っている場合、弁護人は真実を明らかにしてよいか、また、自白をすすめてよいかといったいわゆる弁護人の真実義務というデリケートな問題があるのですが、この被告人の場合は捜査段階から一貫して無罪を主張していて、私はその主張に不合理な点はないと認めて適正な弁護活動をしており、真実発見を妨害するような活動はしていないのですから何ら問題はなかったはずです。
 従って、私が被告人に対して殺意を生じているという結末部分は作品としては面白いかもしれませんが、弁護士としては短絡にすぎると思われ、大変な対応にはなるでしょうが他にやりようはあったと思います。

 この作品でも、国選弁護人について、「弁護の仕方が杜撰だとか粗いという非難がある。全部の人がそうではないにしても、たいていはおざなりの弁護でお茶をにごすものとされていた。」というのが出てきます。
 当時の国選弁護活動には実際問題あるケースが多かったのかもしれませんが、清張さんの国選弁護人やその弁護活動に対する見方、評価は厳しいもののようです。


urushihara_law at 15:15|PermalinkComments(0)松本清張