松本清張

2021年02月26日

強き蟻

 遺産目当てに30歳以上も年上の会社役員の後妻として結婚し、夫に遺言書を書かせた上、その死期を早めようと画策する女主人公(伊佐子)とそれに群がる男どもの話です。また、会社役員の財産、遺産をめぐる伊佐子と先妻の子(娘2人)との醜い争いも描かれています(昭和45年)。
 文庫解説によれば、伊佐子とは人面獣心のとんでもない女、奇形で恐ろしい人物と評されています。
こういう悪女は、「けものみち」の成沢民子も同じようであったなと思いました。

 その伊佐子に群がる男の一人として弁護士の佐伯が登場します。
 佐伯弁護士は、35歳で(伊佐子より2歳年下)、3年前に独立した刑事専門の弁護士という設定です。そして、伊佐子から依頼を受けて、殺人罪で逮捕起訴された伊佐子の若い燕である石井の刑事弁護を担当しますが、間もなく伊佐子と深い関係になります。佐伯弁護士は妻子もあるのに、法律や直接の禁止規定がないとはいえ依頼者とそういう関係になるのは弁護士としてあるまじき所業です。さらに、伊佐子に旅館経営の共同出資、共同経営を持ちかけます。
 刑事弁護の方は、元々事件自体、検察による殺人罪での起訴というのがかなり無理な構成という気がしますが、それはさておき石井を証拠不十分により無罪判決へと導きます。しかしながら、被告人の嫌疑をはらすという被告人の利益よりも、主に弁護士としての功名心から弁護活動を行っており、石井からは自分を材料にして欺かれたと思われてしまいます。
 佐伯弁護士は、このようにとんでもない弁護士であり、最後は不幸な結末を迎えてしまいます。


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2021年01月15日

波の塔

 若い新任検事が主人公の清張作品には数少ない本格的な恋愛小説で、映画化や何度もドラマ化されている著名な作品です(昭和34年から35年にかけての連載)。

 新任の小野木検事は誠実に職務に取り組み、東京地検特捜部にも参加するなど将来を嘱望されています。
 その小野木が真剣に好きになった女性(結城頼子)が人妻であったことで、夫から慰謝料請求される可能性があったことは否定できません。しかし、小野木にとって不運不幸は、頼子と出かけた小旅行がたまたまの台風に見舞われてしまったことや頼子がよりによって特捜部が手掛けていた疑獄事件の被疑者の妻であったことです。
 頼子との関係を被疑者である夫とその弁護人(後出の林弁護士)によって暴かれ、結果、検察官を辞職してしまいます。
 清張さんの作品ストーリーですから、不運な偶然が重なりましたが、ただ、ラストで頼子をああいう結末にしなければならなかったのかという疑問が残り、また、小野木についてはこれからどうやって生きていくのだろうかとその後が気になってしまいます。

 この作品にも、被疑者の弁護人として林弁護士が登場します。しかし、林弁護士は、事件とは直接関係のない私的な小野木と被疑者の妻(頼子)との親密な関係を材料に検察側と取引して事件をつぶそうとする活動に尽力しており、その弁護活動はあまり褒められたものではないと思います。

 なお、本作品は女性雑誌(女性自身)に連載されたのですが、これによって調布市の深大寺が有名になり、また、富士の樹海が自殺の名所になったそうです。


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2020年11月06日

わるいやつら

 タイトルのとおり悪いやつばかり登場する作品です(昭和36年)。
 まず、主人公の二世の病院長医師戸谷信一は色と欲のために殺人を重ねてしまう悪いやつですが、やがて法の裁きを受けます。

 次に、わき役ではありますが、弁護士下見沢が重要な役割を担います。
35歳、独身で、戸谷医師とは5年のつき合いですが、戸谷からは、弁護士の肩書はあるが弁護士の仕事をやっているのか何をやっているのか正体不明であり、見てくれは悪いし女に好かれようはずはないなどと軽蔑されています。なのに金持ちの女性を戸谷に紹介する才能があると描かれています。
戸谷の妻との離婚交渉をまとめるなど弁護士の仕事もしているのですが、後に戸谷を裏切って葬る操作をするとんでもない悪いやつです。
 主人公ではないこともあって、やったことがあいまいな部分はありますが、おそらく犯罪に当たると思いますし、そうでなくても少なくとも当時の弁護士倫理違反としても重い懲戒処分になると思われますが、結末には驚かされます。

 登場する女性陣も負けず劣らず悪いやつばかりです。看護婦長は悪い上に恐ろしいほどですし、戸谷医師が求婚し続ける女性は逆に戸谷を手玉に取って翻弄した悪いやつです。
 架空の小説とはいえ、ここまで悪いやつがそろうと痛快でさえあります。

 この作品は昭和35年1月から36年6月まで週刊誌に連載されたものですが、同時期には並行して「砂の器」や「日本の黒い霧」さらには「球形の荒野」なども連載して書かれています。いずれも傑作ですし、半藤一利さんの「清張さんと司馬さん」(文春文庫)によると、当時の「凄まじい執筆量、字義どおり超人的です。」とあります。









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2020年10月08日

疑惑

 保険金殺人の罪で逮捕、起訴された女性被告人について、早くから新聞、マスコミによって北陸の毒婦、犯人だと決めつけるキャンペーンがなされるのですが、国選弁護人の弁護活動により裁判が進むにつれて無罪の可能性が出てくるや署名記事を書いた地元新聞記者が、被告人からお礼参りされることを恐れ、弁護人に殺意を抱いて行動に出るという何とも理不尽なストーリーです(昭和57年)。
 舞台は北陸のT市とありますが、富山市であることがすぐにわかります。

 被告人には初め私選弁護人(原山弁護士)が就いていたのですが、原島弁護士は体調不良、病気のために辞任し、新たに国選弁護人(佐原弁護士)が選任されます。
 この作品は昭和57年の作品ですが、ここでも清張さんは、「国選弁護人は概して真剣に弁論する気がない、被告にそれほど同情を持たず、したがって、事件の内容も詳細に検討することなく、法廷で熱意のない弁論を義務的に展開するものと相場が決まっている。」という書き方をされていますが、佐原弁護士については、「民事専門であり、国選弁護の引き受け手がないために仕方なく選任されたはずであるのに、国選弁護人の概念をみごとにひっくり返した観があり、むしろ彼は刑事専門の弁護士よりも優れた感覚を持ち、真実追求に熱心であるのがわかった。」とあります。

 また、清張さんは、佐原弁護士の弁論要旨の中に記載する形で鋭いマスコミ批判をされています。「未だ捜査中であるにもかかわらず、マスコミ挙げて被告人の殺害行為であることを断定するかの如き報道が頻りとなされ、この報道により世論一般が引きずり込まれ、何らの証拠もなく、恰も被告人の殺害行為であるかの如き風潮を醸し出したことは周知の事実である。」と。
 当時はいわゆるロス疑惑事件が話題になった頃のようで、後に週刊誌報道となる「疑惑の銃弾」よりも前の作品ですが、清張さんは既にそのことを見通していたようです。マスコミ報道が先行する事例はその後も繰り返されているように思います。

 この作品の結末は、清張作品に時々ある読者の判断、想像にお任せするというパターンですが、佐原弁護士は難を逃れることができたのか、果たして、と気になるところです。

 なお、余談となりますが、全くの同じタイトルで江戸時代ものの何とも切ない短編作品(昭和31年)があります。



















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2020年09月29日

奇妙な被告

 強盗殺人の罪で逮捕、起訴された被告人について、国選弁護人に選任された若い弁護士(原島弁護士)が、その熱心な弁護活動によって無罪判決を得るのですが、その約1年後に真犯人であったことがわかったという短編作品です(昭和45年)。
 実は真犯人であったということでは前の「種族同盟」と同じですが、こちらの被告人は判決後弁護士とかかわりなく終わっている点で異なっています。

 この作品でも、やはり国選弁護人について、「通りいっぺんで、義務的な弁論しかしてくれない、という非難になる。」といいのが出てきます。しかし、その後に続けて、「この悪評のために、国選弁護人も「名誉回復」のために以前よりよほどよくなったとの評判を最近聞くようになった。」とあります。種族同盟から3年後の作品ですが、当時、実際にそのような多少の状況変化があったのでしょうか

 その原島弁護士は、関係者十数名に事情を聞いて回り、法医学者の意見を聞きに行って証人として出廷してもらうなど実に熱心に弁護活動をしています。そして、被告人の自白の任意性、真実性を争って、結果、証拠不十分により無罪判決となったのです。
 しかし原島弁護士は、判決の約1年後にふとしたことから被告人が真犯人であったことに気がつきます。不条理な結果ではありますが、弁護活動としては適切であったということになります。

 作品中、イギリスの「無罪判決の事例研究」というのが出てくるのですが、清張さんは、うしろがきで、「こういう外国の裁判例を出すことも、小説のリアリティを与える要素になるかと思う。」と書いていて、司法省が大正時代に出した司法資料にも目を通していることがわかります。また、作品中にもう一つ、司法研修所の「事実認定」についての教材からの引用がなされているのですが、こういったものにまで関心をもって読んでおられることに驚かされます。


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