松本清張

2022年06月30日

二重葉脈

 本作品は、更生会社の第1回関係人集会から幕開けし、その集会で下請けの中小、零細企業の社長らが、会社は粉飾決算をしていた、同時に役員らは会社財産を着服横領していたと責任追及し、また、裁判所に対しては、倒産した大企業は法律により救済されるのに、零細企業は救われないと会社更生法は世にもまれな悪法だと訴えます。このことから、会社更生事件を題材とした経済ミステリーかと読み進めていくと、複数の殺人事件の謎解きという刑事ものミステリーでした。

 本作品は、昭和41年3月に連載が始まったのですが、その前年には大手鋼材メーカーが倒産した会社更生事件があって、その経営陣が大規模な粉飾決算とその他の違法、不正行為を行っていたことも発覚して、当時、相当な社会問題となったようです。
 現に、当時は、弱い立場にある取引先等の更生債権者の犠牲において更生会社を救済しているという会社更生法悪法論という批判があって、その事件が昭和42年に法律改正がなされる契機となったようです。

 清張さんは、その会社更生事件を見て本作品を手掛けたと思われますが、殺人事件よりも更生手続きの行方や役員の違法、不正行為の追及の方を読みたかったというのが1ファンの思いです。

 本作品には小林という更生会社の顧問弁護士が出てきます。
 社長に対し、「横領、背任といったあなたに対する警察の動きは、僕の手で押さえることができましたよ。」などという問題発言もありますが、小林弁護士が出てくるのは冒頭の関係人集会の日から1週間程度だけであり、その後はほとんど登場しない扱いとなっています。

 小林弁護士は、粉飾決算のことも役員の着服横領のことも知らなかったらしい設定ですが、もし、顧問会社の社長らが違法行為、不正行為をしていることを知った場合、弁護士はどうするべきかの問題があったなあと思い至ったことでした。











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2021年12月28日

濁った陽

 ××公団の汚職事件について、捜査対象の中心人物である課長補佐が死亡したことで捜査は中止、事件が崩壊して上層部は事なきを得るという前回の「中央流沙」と同じ構成の作品ですが、組織外部の劇作家とその女弟子が素人探偵として行動、推理するストーリーである点と第2の公団課長補佐が死亡する事件が発生する点で「中央流沙」との違いがあります。

 この作品にも、西原という弁護士が出てきますが、名前からして「中央流沙」の西弁護士に似ていますし、肩書は弁護士だが、弁護士の仕事はほとんどしておらず、官庁に顔が利いて業界との取引の仲介をしているいわゆる官庁ボスとされている点、西弁護士と同じ設定となっています。そして、劇作家によって、2人の課長補佐の自殺は、西原弁護士による殺人事件と推理されます。

 二つの作品は、実際にあった事件をモデルに書かれたということですが、こちらは昭和35年の作品ですから、こちらの方が「中央流沙」よりも先ということになります。そして、さらに「ある小官僚の抹殺」というやはり同じ事件をもとにした昭和33年の短編作品もあります。
 順序としては、短編「ある小官僚の抹殺」(昭和33年)、中編「濁った陽」(昭和35年)、長編「中央流沙」(昭和40年)ということになります。
 ここに清張さんのこの種事件に対するこだわりの強さがうかがわれます。
 また、肩書だけの弁護士が登場して暗躍させていることから、弁護士に対しては良いイメージを持っておられなかったのだろうと想像します。






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2021年10月22日

中央流沙

 農林省で発生した汚職事件について、捜査対象の中心人物である課長補佐が死亡したことで捜査は中止となり、事件が崩壊して上級官僚や政治家は事なきを得るというストーリーで、これを山田という総務課事務官の視点から描いた昭和40年の作品です。
 汚職事件で中間管理職が犠牲になって上層部が安泰の結果となるストーリーは、あの「点と線」もそうですが、清張さんがしばしば書いているテーマです。

 この作品には西秀太郎という52、3歳の弁護士が登場して重要な役割を担いますが、それは良い意味ではなくて、
 西弁護士は10年前に詐欺と恐喝で送検されたが不起訴処分となった前歴があり、農林省の上層部とは友だちのように口を利いて、面会もフリーパスの農林省出入りの一種のボス的存在とされ、とうから捜査2課のブラックリストにあがっていた。とされる要注意人物です。
 現に、課長補佐に自殺することを暗示したことをはじめ、汚職事件の隠ぺい工作の中心的役割を果たすなど弁護士としてあるまじき行動をしています。
 山田事務官からは、課長補佐の殺人犯人であると決めつけられています。


死亡診断書と死体検案書
 作品中に、死亡診断書は、患者が生命があるときから医者が診断したことになり、死亡後であれば死体検案書でなければならない。という説明があります。
そして、西弁護士が強引に医者に死亡診断書を書かせたのだろう。とされています。
 ただ、この説明は正確とはいえないのではないか、初めて診る患者が存命であっても間もなく死亡したのであれば死体検案書になるはずではないかと思われます。









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2021年08月27日

脊梁

 難しい言葉のタイトルで「せきりょう」と読み、背ぼね、分水嶺となる山脈といった意味のようです。清張さんは、山脈の脊梁といった表現で他の作品中でも使用されています。 昭和38年の作品。

 強盗殺人罪で逮捕起訴された被告人について、一審、二審とも死刑判決となるも、上告して最高裁で破棄差戻しとなって、差戻し審で裁判継続中であり、10年近い月日が流れ、その元婚約者とその家族にも塁を及ぼすというストーリーです。

 この作品には2人の私選弁護人が登場します。無実の人を誤って有罪とすることがあってはならないと活動して、最高裁で破棄差戻しされたくらいですからそれなりの弁護活動をしているはずですが、あまり重点は置かれておらず、元婚約者の心理状態や生活状況に主眼が置かれています。
 タイトルも元婚約者の証言が有罪無罪を分けるものという意味で付けられたようです。
 弁護士は、むしろ元婚約者の両親からは、自分たちの思いと弁護士の考えにすれ違いがあると思われたり、自分の名前を世間に広めようという気持ちがあってその手柄のために活動していると思われてしまいます。

 重大事件で無罪を主張して裁判は長期に及び、新聞、雑誌などにも注目される有名な事件となっていますから、被告人側関係者の生活状況に大きな影響を及ぼしてしまうことは避けられないと思います。
 今の制度ですと、裁判員裁判になる事件と思われるため、裁判の長期化はある程度回避できるかもしれませんが、ネットなどで中傷されたり、社会的制裁を受けたりすることはより顕著となっているので生活状況に与える悪影響はより深刻なものになっていると思われます。





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2021年07月27日

一年半待て

 夫殺しの殺人罪で起訴されたヒロインについて、婦人評論家の熱心な支援活動もあって、懲役3年、執行猶予2年の有罪判決がなされるのですが、実は・・・という昭和32年の短編裁判小説です。

 宮部みゆきさんが責任編集されている松本清張傑作短編コレクション上巻(文春文庫)の中で、「特に好きな作品」で、「名作中の名作。これを読まずしてミステリを語るまじ。」とコメントされているほどですので、弁護士は登場しないですが、ここに載せることにしました。

 清張さん自身は、法律の本を読んでいて、一事不再理という条文を見つけてそれをヒントに作品を書いたと言っています(黒い手帳)。

 一事不再理というのは、有罪・無罪の確定判決があった事件については、再度の公訴提起、審理を許さないという刑事裁判の基本原則ですが、それは憲法上の保障でもあります(憲法39条)。

 先の宮部さんによれば、「これをテーマとしたミステリの秀作佳作は他にもありますが、これはまさしく嚆矢。」ということです。
 昭和32年当時に法律書を読んで、それをヒントにこういう作品を書いてしまうところがこの作家の凄いところです。

 ただ、一言すれば、実際に執行猶予を狙って殺人を計画して実行する人が果たしているのかなという気はいたします。

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